今さら聞けない! 「貴腐ワイン」とはどのようなワイン?

お酒の知識

高めのワインを数種類置いているだけで、ワインに詳しい店だと思い込んだお客様からワインについてあれこれ質問されることってありますよね。そのあれこれの一つに、「貴腐ワイン」という言葉が入っていたことはありませんか。初めて耳にした際、「キフって寄付のこと? 地名? どんなワイン?」と困惑した方もいるのではないでしょうか。今回は、今さら聞けない「貴腐ワイン」について紹介します。食事とのペアリングも楽しめる極甘口の貴腐ワインを知れば、ワインリストに幅を持たせる際に必ず役立ちますよ。

貴腐ワインとは?

世界最高峰の甘口ワインが「貴腐ワイン」です。美しい琥珀色をしており強い甘みが特徴。上質なものになれば酸味も感じられ、バランスの取れた風味を楽しめます。はちみつやドライフルーツを彷彿とさせる独特な芳香も魅力です。ほかの甘口ワインに比べると高価で、中には1本100万円以上するものもあります。その理由は、使用する貴腐ぶどうの栽培が難しく生産できる数が限られており、稀少性が高いからと言われています。そうしたことから「ワインの帝王」「帝王のワイン」とも呼ばれています。

貴腐ワイン、貴腐ぶどうの「貴腐」とは、国語辞典によると「過熟状態になったブドウの実に不完全菌の一種がついて水分が蒸発し、干しぶどうのようになること。上等の白ワインの原料となる」(デジタル大辞泉より)とあります。つまり、この干しぶどうのような白ワインの原料が「貴腐ぶどう」です。貴腐は、フランス語でプーリチュール ノブル、ドイツ語でエーデルフォイレと呼ばれ、いずれも「高貴なる腐敗」という意味を表します。高貴というだけで特別感がありますよね。

原料となる貴腐ぶどうとは?

貴腐ぶどうはぶどうの品種ではありません。白ワインで用いられるリースリングやセミヨンといった白ぶどうに貴腐菌(ボトリティス・シネレア菌)というカビの一種が付着したもので、天候など一定の条件を満たすと木になったまま干しぶどうのようになります。菌がブドウの皮の組織を破壊して穴をあけ、そこから実の水分が蒸発していくため、干しぶどう状態になるのです。水分が抜けただけで腐っているわけではないため、ワインを造ることが可能に。水分が蒸発したことによって、糖分をはじめそのほかの成分も凝縮されたぶどうになります。

この貴腐菌、実は果実や葉、茎などを腐敗させてしまう灰色カビ病を引き起こす菌。本来はぶどうにとって厄介な存在ですが、特定の気象条件がそろえば灰色カビ病にはならず、貴腐ぶどうになるのです。その条件とは、「朝霧が発生し、菌の生育に都合の良い温度や湿度が保たれていること」「日中は日照量が多く晴天で乾燥し、水分が蒸発すること」。この条件が1カ月以上必要とされ、条件が合わなくなると、途中からただの腐敗になってしまうこともあります。貴腐ぶどうがうまく栽培できるかどうかは気象条件に大きく左右され、天候次第で収穫がゼロという年もあるのです。

仮に栽培ができたとしても、実の水分が蒸発している分、通常のワインに比べると原料となるぶどうの収穫が少ないため、造れるワインの量は限られています。さらに、ぶどうはすべて手摘み。貴腐菌がついている皮の部分を取り除いて実の部分を選り分けなければならないため、人手も必要になります。糖度の高さが原因で醸造中の発酵がうまく進まないこともあるなど、さまざまな理由で生産量が安定しないこともあり、稀少性の高いワインと言われます。

貴腐ワインの歴史

貴腐ワインの歴史を紐解くと、17世紀ごろに誕生したとされています。諸説ありますが、ひとつはハンガリーのトカイという村が発祥という説。当時、オスマン帝国からの侵略を避けるためにトカイの人々は別の場所へ一時的に避難していました。その間にワイン用のぶどうの収穫時期は過ぎてしまいましたが、村に戻ったワインの造り手は水分の抜けたぶどうを捨てるのがもったいないとワインを造りました。すると、濃厚で甘美なワインが完成したのです。これが貴腐ワインのはじまりと言われています。

ちょうど同じころにドイツでも収穫の遅れたぶどうを用いてワインを造っていたという説もあります。ぶどうの収穫が許可制だった時代、許可を伝える使者が遅れたためにぶどうが干からびてしまいました。それでも許可が出たので、仕方なくそのぶどうを収穫してワインを造ったところ、かつてない深みや甘みを持ったワインができたというものです。

いずれにしても偶然の産物だったことが分かります。そして、歴史的資料がほとんど残っていないのは、カビが生えているぶどうを使ったことを伏せておきたかったからかもしれません。

世界三大貴腐ワインとは?

世界三大貴腐ワインは、ハンガリーのトカイワイン、フランスのソーテルヌ、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ。いずれも貴腐ぶどうを栽培するのに適した気候条件がそろう地域で醸造されています。それぞれの特徴を紹介していきましょう。

ハンガリーのトカイワイン

貴腐ワイン発祥の地とも言われるトカイはハンガリーの北東部に位置しています。トカイワインには品質を守るための独自の規格があり、貴腐ぶどうだけで造る「トカイ エッセンシア」、貴腐ぶどう以外のぶどうも混ぜる「トカイ アスー」があります。エッセンシアはアルコール度数が低く、甘みが強いのが特徴。アスーは、辛口の白ワインにペースト状にすり潰した貴腐ぶどうを加えて甘口にしたものです。

フランスのソーテルヌ

フランスのボルドー地方の一角にあるソーテルヌは、世界トップの貴腐ワインの産地。水温の違う2つの川が合流するため霧が発生しやすく、午後には霧が晴れて乾燥が進むという貴腐に最適な条件がそろうエリアです。ここで使われるぶどうの品種はセミヨンとソービニヨン・ブランが多く、これらは貴腐菌が付着しやすい品種だそう。長期熟成に向く高品質な貴腐ワインがそろっており、中でも1本のぶどうの木からグラス1杯のワインしか造らないという「シャトー・ディケム」は、100年以上熟成しても飲むことができると言われています。イギリスのオークションで、200年前のシャトー・ディケムが1本約1000万円で落札されたこともあるほどその価値が認められています。

ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ

トロッケンベーレンアウスレーゼは地名ではなく、ドイツのワイン法で決められた格付けの一つで甘口ワインの最高ランクを指します。産地を問わず糖度で格付けされるわけですが、有名な産地はライン川流域の南西部にあるラインガウ地方、モーゼル地方と言われています。主にリースリングという品種のぶどうを用いており、アルコール度も低めで酸味が感じられます。価格も手軽なものが多く、貴腐ワイン初心者にはトロッケンベーレンアウスレーゼがおすすめです。

ちなみに日本でも貴腐ワインを造っているワイナリーが山梨や北海道にあります。

店で貴腐ワインを扱う際のポイント

さて、貴腐ワインの原材料や製造、歴史などひと通り紹介してきました。これで貴腐ワインについてだいぶ詳しくなったはず!最後に店で提供する際のポイントをまとめました。

食前酒、食後酒として

貴腐ワインは食前、食後、どちらでもおいしく飲むことができます。食前酒の場合はよく冷やして提供しましょう。すっきりした甘さで食欲を刺激します。食後はデザートワインとして単体でも楽しめますし、デザートに合わせるのもおすすめ。

温度

一番おいしい状態で貴腐ワインを楽しむには温度が重要。極甘口なので、常温で飲むと甘さが前面に出てしまいぼやけた味になってしまいます。4~8度を目安に冷やすのがおすすめ。冷たい甘さと豊かな酸味で、ひと口目はすっきりしたおいしさを感じられます。グラスの中で常温に近づくと豊潤な香りも楽しめることができます。

グラス

甘口ワイン専用のワイングラス、デザートワイン用のグラスがあれば理想的。豊潤な香りを楽しむことができます。とはいえ、貴腐ワイン用に多くのグラスを用意するのが難しければ、やや小ぶりの白ワイン用グラスでもOK。

ペアリング

甘みだけでなく複雑な旨みもある貴腐ワインは食事と合わせることでさらにそのおいしさを感じられる側面もあります。王道とされるのがフランス料理のフォアグラやクセの強いブルーチーズとのペアリング。塩気のあるものや辛いものと相性がいいと言われています。また、梅干しや昆布といった和の食材と組み合わせてみると意外なおいしさを楽しめます。チョコレートやドライフルーツ、レアチーズケーキ、フルーツケーキといった同じ甘いものとの組み合わせも◎。バニラアイスクリームに貴腐ワインを垂らすという贅沢なデザートもおすすめです。

保存期間

糖度が高いため、一般的なワインに比べ酸化による劣化が遅く、抜栓してから2週間~1カ月はおいしく飲むことができるのも貴腐ワインの特徴と言えます。

まとめ

貴腐ワインについて基本的なことは理解できたでしょうか。たまたまカビがはえたぶどうでワインを造ってみたら、極上の甘さと豊かな香りを携えたワインが誕生。しかし、同じものを造ろうにもカビの付着は気象条件がそろわなければうまくいきません。通常のワインよりも手間ひまかけて造られる貴腐ワイン、ワインの種類を増やしたいと考えているなら導入を検討してみてはどうでしょうか。また、甘口ワインなので女性客を増やしたい店で食前酒として提供するのもおすすめです。