魚には白ワインと言いますが…

お酒の知識

「魚料理だから白ワインにしてみたけど、なんだか生臭さを感じるなぁ…」

そんな経験がみなさんにも一度はありませんか?

料理やワインの本を読めば、相性を合わせるヒントはたくさん書いてあります。
…が、赤ワイン・白ワインという前に、魚介類とワインを合わせたときに、私たちの口の中ではどのようなことが起きているのでしょうか?

生臭さを感じる理由

よく言われている相性が悪い理由の一つに、『渋みの強い赤ワインと魚介類を一緒に食べると鉄のような風味を感じる』ということがあります。

しかし現在では、このワインに含まれる“タンニン量”と、食事した時の“鉄のような風味”は比例しないことが科学的に証明されています。

ワインと魚介類を合わせたときに生臭さを感じる原因は、『魚介類に含まれる脂(必須脂肪酸)が、ワイン中の成分によって酸化・分解されることで発生する』ということが、近年の研究で解明されました。この化学反応を促進させるワイン中の成分も、いくつか特定されています。

その一つが『鉄分』です。鉄分を多く含むワインと魚介類は合わせにくいとされています。

魚介類に含まれる酸化した脂肪酸と、ワインに含まれる鉄分が反応すると、生臭さを感じる成分を発生させてしまうのです。ワイン以外のお酒でも、『マグロの刺身を食べながらビールを飲んだら、血のような風味が口に広がった』という経験もないでしょうか?これもビールに含まれる鉄分が原因なのです。

鉄分は何をするのか

魚介類にはDHA(ドコサヘキサエン酸)などと呼ばれる脂肪酸が存在しています。
特に、青魚に多く含まれている“必須脂肪酸”は、『魚をたべると頭が良くなる』というフレーズでもお馴染みのアレです。

この脂肪酸が酸化すると“過酸化脂質”へと変化します。
魚介類の過酸化脂質とワインの鉄分が反応すると『ヘプタジエナール(生臭さを感じる成分)』が発生し、それが鼻腔を抜けるときに「あれ…?」と感じるのです。

醸造過程などの影響もあり、赤ワインは白ワインと比べると鉄分が多く含まれます。
なので、『魚介類には白ワインが合わせやすい』ということが間違っているわけではありませんが、醸造技術や設備が進歩していく中でワインのセオリーも変わってきています。

ワインの鉄分はどこからやってくるのか?

ワインに含まれる鉄分の由来には、以下のようなことが考えられています。

ブドウ畑の土壌の成分

ブドウの木が水分を吸う時に鉄分も多く吸い込み、葉や実にも鉄分が含まれる、環境からの由来です。基本的には鉄分が一切含まれていないワインはありません。微量であっても必ず含まれています。

※ここでいう鉄分とはアルミ二ウムや鉛のような金属とは違います。これらの金属が根を経由して吸収されているわけではありません。

ブドウの果皮に付着する成分

ワインの醸造時にも考えられます。
ブドウの表面には土埃などが付着していますが、基本的に醸造時にブドウは洗いません。

鉄分が多い土壌で強風が吹き、土埃が多く付着したブドウであれば、鉄分含有量も増加する可能性があります。

イタリアの北部、フランチャコルタの生産者『カ・デル・ボスコ』では、特別なブドウ洗浄システム“ベリースパ”(エステのような名前ですね…)を導入。『ブドウの果皮に付着した金属類を軽減してから醸造する』というシステムを採用しており、実際に検査してみると、果皮に付着した鉄分は半分以下になったそうです。

また、ブドウに散布する薬剤からの由来も考えられます。
ブドウ栽培において病気・害虫への防御策はとても重要です。例えば、ベト病の対策として有効なのが銅。さらに、ボルドー液にも硫酸銅という化合物で銅が含まれています。

収穫時のブドウの表面に銅が残っていれば、醸造工程でワインに入ります。どの程度の量が入るかは散布する量・時期・収穫前の天候によって変わってきますが、散布量が多ければ時期や天候に関わらず、銅の残留量が増えることは確かです。ちなみに、この銅の使用量を制限している栽培方法がビオロジックでもあります。

醸造設備の素材から

醸造中に使用している器材の素材由来の場合もあります。
タンクやホースの金具などに鉄や銅が使用されていると、ごく微量ではありますが、その接触部分からワイン中にこれらの物質が混入するとも考えられています。

鉄分の少ないワインはあるのか?

成分表示がされているわけではないので判断はとても難しいですが、そのワインの生い立ちに注目してみるとヒントが見えてきます。

品種で選んでみる

日本を代表するブドウ品種の甲州から造られたワインは、統計的に鉄分の含有量が少ないという調査報告があります。

甲州の多くは”棚仕立て”で栽培されており、『土から離れた位置に房が実るので、土埃中の鉄分が果皮に付着する可能性が少ないから』と仮説が立てられています。さらに、日本の水が“軟水”ということも関係しているかもしれません。『ブドウが吸い上げる水分自体に鉄分が少ないのでは』とも考えられているのです。

実際に甲州から造られたワインは、お刺身との相性が良いとされています。さらに、日本原産の黒ブドウであるマスカットベーリーAも、鉄分の含有量は少ないようです。はっきりとした要因ではありませんが、このことが『魚料理には日本ワインが合う』と言われている理由の一つかもしれません。

酵母と長く接触しているワインを選んでみる

酵母という生き物は酒造りには欠かせません。
発酵が終了すると酵母は仕事を終えて死んでしまいます。その酵母の死骸は「澱」とか「リー」と呼ばれますが、だいたいのワインの場合、澱を濾過してから瓶詰めします。

ある時、澱を濾過せずそのままにしておくと、ワイン中の鉄分が少なくなったという報告がありました。原理を研究したところ、ワインの中の鉄分が酵母と一緒に、澱となって沈殿していくことが判明します。このことから酵母や澱と長く触れているワインは鉄分が少ないことが予想されます。どのようなワインがあるのかというと…

◇シュール・リー製法で造られたワイン
『シュール・リー』とは‟澱の上”という意味。
しばらくの間、澱を抜かずにワインと接触させておくことによって旨味を引き出す醸造方法です。
澱が旨味を引き出しつつ、鉄分を包み込むという働きをしてくれますが、最終的には澱は取り除かれます。ちなみに、甲州から造られるワインもシュール・リー製法が用いられることが多いです。

◇瓶内二次発酵で造られたワイン
シャンパーニュに代表される瓶内二次発酵によって造られるスパークリングワインは、澱と共に長期間熟成されます。熟成期間中に澱に鉄分が吸収されていきます。
特に鮨とシャンパーニュの組み合わせは最高です。

◇酒精強化ワイン
酒精強化ワインとは、醸造の段階であえて酸化させて造るワインのことです。
シェリー、マディラ、ポートなどを指します。
これらのワインに含まれる鉄分は、酸素と結びついた状態で液体中に存在しているので、魚介の持つ過酸化脂質と結びつく機会は少ないです。そのため、生臭さを感じる成分は発生しにくくなります。

イタリアのサルデーニャ島のヴェルナッチャ・ディ・オリスターノというワインも、あえて酸化させて造られます。昔からイタリアでは、ヴェルナッチャ・ディ・オリスターノとカラスミの相性は鉄板と言われてきました。ワインとは合わせにくいと言われてきた魚卵系の食材も、これらの法則を踏まえると楽しいペアリングができるはずです。

ワイン中の鉄分の多さは、ブドウ品種・生産地・ワインの種類などで決まるわけではありません。土壌由来・栽培由来・醸造由来からの鉄が増加する要因が重なり合って表れてきます。

料理から考えてみる

著名なワイン産地が多いフランスやイタリア、スペインでも魚介類はとても豊富で、昔から当然のようにワインと一緒に楽しまれています。ヨーロッパにもニシンやイワシなどの青魚を使った料理がありますし、先ほど登場したカラスミや牡蠣も有名です。

そんなヨーロッパの人たちは生臭さを感じることはないのでしょうか?

その鍵となるのは『あぶら』です。

油脂による生臭さの抑制効果も研究の結果で明らかになっています。
ヨーロッパでは油を使い焼いたり揚げたり、あるいはバターやクリーム、オリーブオイル、マヨネーズなどの油脂分を魚介類に加えて提供される事が多いです。キャビアとシャンパーニュを合わせる時には、必ずと言っていいほどサワークリームが添えてあります。

油脂を使った調理法は、魚介類の生臭さがマスキングされているのです。

また、柑橘類や梅干しに含まれる『クエン酸』も鉄分を包み込む効果を持っています。
生牡蠣や鮮魚にレモンとオリーブオイルをかけて食べることもありますし、酸味の強いワインを合わせることもあります。昔からの生活の知恵ということでしょうか…ヨーロッパの人たちの調理法や食文化が、自然と魚介類とワインの距離を縮めているのも納得いきます。

「この食材とワインは合わない!」ということには、なにかしらの理由があります。
そして、「こういう料理にはこのワインを合わせなきゃ!」という考え方も大事です。
それも踏まえて、もっと自由に好きなお酒と好きな料理を合わせてみると、固定概念から少しほぐれた楽しみ方ができるはずです。