地球温暖化でワインも変わります

お酒の知識

ワインの造り手たちから話を聞くと、『ワインは農作物である』という言葉を口にしています。ボトルに入っている状態で見ると『ワインは農産物である』ということはいまいちピンとこないかもしれません。しかし、ワインはブドウから造られており、発酵が終わってワインと呼ばれる前は、果物として木になっていたブドウです。

農産物であるブドウは、天候や栽培環境の影響を大きく受けます。だからこそ、その年のブドウの良し悪しがワイン造りに大きく関わってきているのです。ワインは自然と共存しているお酒です。よりよいワインとなるためのブドウは、単に育てばいいというだけではなく、よく熟していて健全であることも求められます。

変化していく銘醸地

今では世界中でワインが造られており、ブドウも様々な場所で育てられています。しかし、ブドウというのはかなり気難しい植物らしく、熱帯地方や非常に寒い地方ではブドウは育ちません。生育環境が限られている植物の一つです。

ローマ帝国の時代から続くワインの名産地であるフランス・ブルゴーニュ地方。この地域はブドウ栽培に適し「神に愛された土地」と呼ばれてきました。しかし、この地域のワインを取り囲む環境が、ここ数年変化してきていると言われています。その背景にあるのは『地球温暖化』です。

現在起こっている温暖化現象は、今までその土地が持っていたブドウに対する生育環境を変化させています。ブルゴーニュ地方では、今までよりもブドウの成熟が早くなってきており、ここ数年は早すぎるくらいとも言われています。昔と比べると、約1ヶ月ほど収穫が早くなっているそうです。

温暖化やそれに伴う乾燥が進むとブドウに様々な影響が現れます。ブルゴーニュを代表する品種のピノ・ノワールは糖度が上昇しています。糖度が上昇すると、出来上がるワインのアルコール度数もどんどん高くなっていきます。同時に酸味は低くなり、繊細さや優雅さが失われていくのです。今までピノ・ノワールの最適な土地と考えられていた場所が、数十年後には違うブドウ品種の最適な土地となっているかもしれません。

温暖化が与えた影響

カリフォルニアやオーストラリアのような乾燥した地域では、山火事のような災害が起こります。2017年にカリフォルニアで大規模な山火事が発生しました。1ヶ月後に鎮火されましたが、ナパ・ソノマ・メンドシーノといったワイン産地を中心に約4万haに被害が及びました。さらに2019年にオーストラリアで発生した山火事は、6ヶ月間も炎が燃え続けました。

またドイツでは、アイスワインが数軒でしか産出されなかったという報告もあります。年々、その頻度と規模が大きくなっていることから地球温暖化の加速を感じます。

品種が変わる

このような状況もあり、ワインに関する法律とブドウの品種選択が見直されています。

基本的に畑の灌漑が禁止されているヨーロッパでは、気温が涼しい畑の開拓が重要視されており、今まで栽培していなかったブドウ品種のセレクトも行われています。

フランスのアルザスでは、ゲヴェルツトラミネールなどの白ブドウ品種が「糖度と生理学的熟成のバランスをとるのが非常に難しくなった」といわれ、実験的にシラーを植樹し始めた生産者もいます。

規定が変わる

AOCの規定が変更され、新しい品種の使用が認められた例もあります。2019年からAOCボルドーの認可ブドウ品種に以下の7つが加わりました。

黒ブドウ品種白ブドウ品種
◆トゥーリガ・ナショナル◇アルバリーニョ
マルセラン◇プティ・マンサン
カステ◇リリオリラ
アリナルノア

トゥーリガ・ナショナルはポルトガルのドウロ地方、アルバリーニョはスペインのガリシア地方を代表とするブドウ品種です。伝統を重んじるフランスで大きなAOC規定の変更が行われたことは衝撃的でした。

温暖化による恩恵

温暖化の影響がプラスに働いている産地もあり、そのほとんどは冷涼地です。

シャンパーニュ(フランス)

シャンパーニュ地方では、今のところ温暖化の影響が少ないようです。ルイ・ロデレールではこれまで10年に数度しか生産することができなかったヴィンテージ・シャンパーニュ『クリスタル』が、2002年から2009年までは毎年リリースされています。ブドウの糖度が上がりにくい冷涼な地域ですが、温暖化による品質変化で、果実の糖度が上昇したと考えられています。

ドイツ

ドイツではアイスワインの生産は不調ですが、赤ワインの品質は上がっており、特にピノ・ノワールは高評価を得ています。

イギリス

イギリスでは高品質なワイン造りへの期待が高まっています。もともとフランスのシャンパーニュ地方に似た石灰質の土壌を持つことから、2000年以降に優れたスパークリングワインの生産が続き、イギリスで生産されるワインの約7割はスパークリングワインです。

イギリスのスパークリングワインで使われるブドウ品種は、1980年代まではミュラー・トゥルガウやバッカスなどの冷涼地でも栽培できるドイツの交配品種が主に使われていましたが、現在はシャンパーニュ地方と同じくシャルドネ、ピノ・ノワール、ムニエのブレンドがほとんどで、瓶内二次発酵で行なわれています。イギリスのスパークリングワインの大きな特徴の一つが長期熟成です。シャンパーニュでは『ノンヴィンテージのものは15か月以上は熟成しなければいけない』と法律で義務付けられていますが、イギリスでは5年間熟成させる銘柄もあるほど、少量生産で高品質なスパークリングワインが造られています。

1997年に開催されたワインの国際コンクールで、ウエスト・サセックス州の『ナイティンバー』のスパークリングワインが金賞を受賞しイギリスワインが世界から脚光を浴びることとなります。翌年も続けて金賞を受賞し、イギリスはスパークリングワインの高級産地として注目されるようになったのです。

近年では、温暖化により夏の気温が上昇し、イギリス南部にもブドウの栽培地域が広がりました。1952年のころより始まった商業用のブドウが一気に成長して、現在はブドウ農家は500件以上あり、ワイナリーも150ヶ所ほどあります。

ニューヨーク(アメリカ)

ニューヨーク州では新AVAの設立が目覚ましく、ほぼ毎年その地図が変わっています。ワイナリー軒数も2017年には約400軒だったものが、翌年には約600軒へと急増し、以前までは「ブドウ栽培は難しい」と言われていた地域が、だんだんと「栽培適地」に変化してきていることもあります。

時代は『ノンマロラクティック発酵』へ

ワインの味わいに影響を及ぼす醸造技術の一つに『マロラクティック発酵』があります。マロラクティック発酵とは、ワインに含まれるリンゴ酸が乳酸に変化する現象のことで、それによって酸味が柔らかくなります。
その発酵を『しているか or していないか』で『マロ or ノンマロ』と言ったりもします。

近年の白ワインやスパークリングワインには『ノンマロ』のタイプが多く見られます。
その理由は次の3点が考えられます。

①温暖化によりブドウの熟度が上がり、酸度も低くなるのでマロラクティック発酵をする必要がない
②シンプルでストレートなブドウの風味を表現したい生産者が増えている
③軽やかな料理の傾向、健康志向によって、合わせるワインの味わいも変化している(バターやクリームを使った料理ではなく、素材をそのまま生かしたシンプルな味わいの料理への変化)

『マロ or ノンマロ』はそれぞれに魅力があり、それを『しているか or していない』は生産者の考え方や、造るワインのスタイルで変わります。

まとめ

数十年後、寒すぎてブドウ栽培は無理だと考えられていた地域が、ワインの新しい銘醸地になっているかもしれません。一方で、暑さによりブドウ栽培が続けられなくなる地域も出てくる可能性もあります。

温暖化がこれからも続いていくのかは誰にもわかりませんが、世界中のワインを取り囲む環境は大きく変化しています。その変化に柔軟に対応していくことが大切です。